南砺市立福光美術館

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2025.09.23
記事 城端蒔絵450年 記念対談「城端蒔絵と曳山祭 -治五右衛門がつなぐ技と心-」

城端蒔絵450年 記念対談「城端蒔絵と曳山祭 -治五右衛門がつなぐ技と心-」

9月21日(日)の記念対談の様子をお伝えいたします。

漆藝家・富山大学名誉教授であり、重要無形文化財保持者(人間国宝)に内定している林曉(はやしさとる)氏と十六代 小原治五右衛門氏の夢のような対談。会場には漆の専門家、城端曳山の関係者や工芸関係者の他、計120名もの聴講がありました。

対談は林氏の“なぜ漆なのか”、“漆の優位性”、“漆の何が良いのか”の話から始まり、紫外線に晒さなければ1,000年以上輝きを放ち、日本の芸術文化を支えてきた漆の魅力を伝えて頂きました。その他、林氏が漆を始めたきっかけや林氏自身が好きな作品をスライドで紹介されました。また、林氏自身は作品に絵を描くことより形を創る方が好き、とのこと。最新の3DCADによる乾漆原型制作も知られています。

林氏の好きな城端蒔絵の紹介もありました。東京藝術大学蔵の「桐鳳凰密陀絵盆(きりほうおうみつだえぼん)」、七代治五右衛門作の「桔梗形乾漆吸物椀(ききょうがたかんしつすいものわん)」、八代治五右衛門作の「鶏に花篭蒔絵硯箱(にわとりにはなかごまきえすずりばこ)」、漆で不可能とされる白の発色を活かした九代治五右衛門作の「彩漆鯰模様手付盃盆(いろうるしなまずもようてつきはいぼん)」、などが本当に素晴らしい仕事で好きですし、今回皆さんに是非見て知ってほしいとのことでした。「桔梗形乾漆吸物椀」は白色や蒔絵が無くスルーされることが多かったが、林先生が「非常に良い仕事!」と見入った作品であり、当時の小原家の仕事を評価されていました。林氏曰く、「どうやって作るの? とは聞けない、聞いちゃいけない。でも漆は白を出せないから聞いてみたくなる」。城端蒔絵は一子相伝であり、その技法は誰にも知られていないのです。

「桐鳳凰密陀絵盆(きりほうおうみつだえぼん)」

「桔梗形乾漆吸物椀(ききょうがたかんしつすいものわん)」

「鶏に花篭蒔絵硯箱(にわとりにはなかごまきえすずりばこ)」

「彩漆鯰模様手付盃盆(いろうるしなまずもようてつきはいぼん)」

林氏から、十六代治五右衛門氏に十五代の仕事をどう思うか? との質問がありました。

「会場には日本画作品も展示しており、父はスケッチ旅行で遠くへも行くが、描く題材は南砺が多い。我々が暮らす南砺市には美しい題材がある。是非会場で見てほしい」と十六代治五右衛門氏が返答しました。

十五代 小原治五右衛門の日本画

ここからは、十六代治五右衛門氏が“城端蒔絵のはじまりと特色”、“歴代の作品”、“展覧会の見所”について話を進めていきます。

小原家としては十六代だが、歴史はさらに遡り、平安時代からの小原家祖先の流れを話していただきました。武士の頃は甲冑に漆を塗っており、その後城端で塗師屋をはじめ、今年が450周年。小原姓を名乗ったのは四代目からです。代々治五右衛門を名乗っていますが、十六代自身も襲名してから戸籍を“治五右衛門”に変更しています。保険証等を見られると「ほんとに治五右衛門さんなんですね!」と驚かれるそうです。

さて、十六代まで続く長い歴史の中で、代々の様々な研究やチャレンジがあったそうです。八代治五右衛門作の「渾天儀(こんてんぎ)」は望遠鏡による天体観測が進むまで盛んに用いられた星座の移動、天体の運行等に関する観測機器。天文学者としての側面を持つ八代ならではの作品です。そこからヒントを得て十六代独自の新しいチャレンジが生まれ、それを形にしたのが、第71回日本伝統工芸展にて日本工芸会新人賞を受賞した城端蒔絵飾箱「Eclipse(エクリプス)」です。エクリプスとは、「日食」や「月食」など天文現象における「蝕」を意味しています。

「渾天儀(こんてんぎ)」

城端蒔絵飾箱「Eclipse(エクリプス)」

思い出話も弾みます。城端を愛し曳山を愛した十四代治五右衛門氏はお爺ちゃん。幼い頃の十六代治五右衛門さんに城端文化や歴史の話など、難しい話をいっぱいされたそうです。

実は、十二代に男の子が生まれたかったため、十三代はお婿さんでした。その十三代が京都に移住し、十四代は大阪で生まれ京都で育ったとのこと。そして戦後は城端に移住しました。

十四代・十五代治五右衛門から学び、城端蒔絵を幼い頃から見て育った十六代も、城端愛に溢れた方です。これについては、次の林氏からの城端曳山祭の話に出てきます。

十四代 小原治五右衛門

林氏は監修として、十六代は修理技術者としてともに城端曳山祭の曳山や庵屋台等の修復に携わっており、修復から学んだことを説明し、十六代は6基の曳山・庵屋台の特色を説明されました。曳山自体が有名ですが、実は“傘鉾”、“庵屋台”、“曳山”の3つがセットです。それを城端の6町内が所有し、城端の街を練り歩きます。これを絵にしたのが「城端曳山祭之図」。十五代治五右衛門作であり会場の正面に展示されていますので是非ご覧ください。

林氏は曳山祭について“こんなに熱いのか”、“祭りそのものが艶っぽい”“色っぽい”との感想を持ったとのこと。

紹介スライドでは、記事の紹介、山鉾・屋台の歴史を説明しながら、城端町民がそれに没頭することでリフレッシュするという機能を持つ祭の良さを紹介しました。十六代もかなり没頭されており、城端を愛しておられます。

祭は先祖や城端の方々の思いの結晶的なものであり、十六代は七代治五右衛門と荒木和助を「膠漆之交(こうしつのまじわり)」という非常に固い友情を表す言葉で紹介されました。

「城端曳山祭之図」

このように、城端曳山祭の説明があり理解が進んだところで会場の皆さんにサプライズ!

実際に祭で笛方をしている十六代ですが、今回は庵唄を披露していただきました。

   忍ぶ恋路は さてはかなさよ

   今度逢うのが 命がけ よごす涙の 白粉も

   その顔かくす 無理な酒

なんとも艶っぽい歌で、会場の皆さんを魅了しました。十六代の歌はプロのようと聞いていましたが、美術館に城端曳山祭がやってきたかのような夢のひと時となりました。

「城端蒔絵と曳山祭 -治五右衛門がつなぐ技と心」のタイトル通り、城端曳山祭の魅力・城端愛に溢れたトークを堪能することができました。

最後に林氏から、これからの日本工芸についてこれからどうあるべきか、次代に繋げるため工芸の価値を高める必要性の紹介がありました。

曳山修復においては、林氏ならではの最新技術(ドローンでの空中撮影、3Ⅾプリンタ、CAD)を使いながら職人と協力し守ること。最新技術と伝統技術がこれからも曳山祭を後世に残し、城端蒔絵も美しさに磨きをかけながら城端と曳山祭を繋いでいくことでしょう。

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