館長の部屋

宇賀田達雄さんのこと

故宇賀田達雄氏

著書:祈りの人 棟方志功

棟方志功の長女、けようさんの夫であった、宇賀田達雄氏が平成24年5月24日に亡くなりました。大正11年生まれ、享年90歳でした。
もと朝日新聞記者、日本民藝協会機関誌編集など。最晩年の棟方志功と生活を共にし、「祈りの人 棟方志功」を残されました。
筑摩書房刊、703ページ、1999年発行。棟方志功に関する出版物は実に多く、さすが世界のムナカタとびっくりしますが、この伝記はもっとも身近で、しかもジャーナリストの透徹した眼で棟方の全体像が捉えられています。南砺市へも数度来訪されて、福光美術館にも貴重なアドバイスを受けてきました。南砺市で暮らした時代についても丹念に資料に基づいて記述されており、棟方志功の研究にはバイブルのような存在です。6月1日に、東京の堀ノ内斎場で葬儀が関係者がつどい、しめやかにつとめられました。

喪主 長女の頼子さんのあいさつ

 これまで、棟方志功の多彩な画業のなかで、福光時代はミッシングリングのように、不透明な存在でしたが、世界に飛翔する前の充電期として注目されてきました。それが宇賀田氏の手によって埋められたことの意義は大きなものがあります。ご冥福をお祈りします。
 

版画は何枚刷るか?

棟方志功展のチラシから「群生の柵」(部分)

よく質問を受けます。版画は何枚も刷れるから、この作品はどれくらい同じのがあるのか。むずかしい話。日本の浮世絵や西洋の木口木版は現在の雑誌印刷とおなじ。原画の絵師、彫り師、刷り師と分業されてきましたが、現代の芸術作品はこの工程を一人でこなすのが原則。そこで「エディション」というナンバーを記すのが東西の決まりです。35/100などという数字が欄外左下にサインされます。100枚刷りました。そのうちの35枚目ですよ、という作者の記号です。困ったことに例外があって、関係者を悩ます世界的な巨匠がいます。棟方志功。

どの作品も独立した一点ものである、という自説です。棟方さんは、表からや、裏彩色という技法をそれぞれに施すのが特徴。たしかに同じ作品ではありません。そのため画商や美術館、研究者を困らせます。ちなみに現在、福光美術館に展示中の雪梁舎コレクションの名品「群生の柵」は2点のみ刷られ、うち一点は表具を貼り間違えしていますので、事実上この1点ということになります。画集などで紹介されていても、この実物を見た人はごくわずかな限られた方だけでした。

 

 

雪梁舎美術館とは

日本中のあの街、この町に、赤い丸のなかに雄鶏が時を告げる「コメリ」のマークを、よく見かけますね。全国になんと1000店ものチェーン店があります。新潟に本社のある(株)コメリは現会長の捧賢一さんが創業された元気のいい会社です。苦労人の会長は、利益の一部を社会へ還元しようと、いろんな活動をされていることで有名です。なかでも、雪梁舎という美術館を設立され、若い芸術家を育てる「フイレンツェ大賞」は有名です。大賞受賞者は、長期間フイレンツェへ留学させてもらえます。美術館の最大のコレクションは、棟方志功。6年前に縁あって、棟方志功企画展のアドバイスなどお手伝いしました。今回、南砺市立福光美術館への貸し出しについて、格別のご配慮をいただき、コレクションの中から57点の棟方作品を展示することができました。捧ご夫妻あっての今回の企画実現です。21日(土)午前9:30開会式、作品解説のあと、10時すぎから捧理事長のご講演をいただきます。ふだんは作品貸し出し、講演会はすべて断っておられるだけに、南砺市への応援は異例で、誠にありがたいことです。

捧 賢一 ご夫妻

 

作家の予知能力のこと

作家は世の東西を問わず時代の風を敏感に嗅ぎとる予知能力がある。現在開催中の「ザ・セッション!Artの俊英展」の会場で見かけた陶芸家・藤井一範さんの「時の棺」はまさにその典型であろう。

3年前、チェリノブイリの原発事故をイメージした爆陶シリーズの再構成だとのこと。人為を超えた造形が見る人に強烈なメッセージを放つ。4月1日まで。

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